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*以下ゲームのネタバレを含みます
プレイ前の方はご注意してお読みください





【00】Prequel

夜が深まり、王都を包む古城も闇に沈んでいた。
わずかに残された灯りが、長い廊下の端々で心許なく瞬いている。
城内の一角、控えの広間では、当番の騎士と侍女が小声で世間話を交わしていた。

「女王さまったら、いくら平和な時代とはいえ、お城の人間をずいぶん減らしてしまって……」
年嵩の侍女は不安げにため息をつく。
隣に控える騎士は苦笑いで首を振った。

「お優しい女王陛下の御心ですよ。陛下は無駄な贅沢を嫌われるから。
我々が勤めをしっかり果たせば、心配ないでしょう」
その時、暗い廊下の奥を、一瞬、何かが滑るように移動した。
まるで濃い影そのものが動いたかのような、静かで素早い動きだった。

「あら、今何か通ったかしら?」
侍女は首を傾げ、目を凝らす。
しかし、そこにはただ、闇が広がるばかり。
騎士も周囲を見渡したが、異常はない。

「気のせいですよ。お疲れなのではないですか」
「そうかもしれませんわね……」
侍女はそれ以上気にせず、騎士との会話に戻った。


その頃、王族の寝室。
「影」は、城内の厳重な警備網を潜り抜け、女王の私室へこっそり忍び込んでいた。
天蓋付きのベッドでは、国の象徴である女王が静かに眠っている。
影は懐に忍ばせていた短剣を取り出し、ゆっくりと、しかし確かな殺意をもって、眠る女王に近づいた。
短剣の切っ先が心臓の位置に定められた、その刹那。
女王は、間際で薄く目を開けた。その視線は、影の顔を捉えた。

「あなたは……」
女王の口から漏れたのは、驚愕でも恐怖でもなく、何かを悟ったような、ごく短い一言だった。
次の瞬間、影は短剣を迷いなく心臓へと突き立てた。
口を押さえられた女王は、悲鳴すら上げることなく、徐々に身体から力が抜け、静かにこときれる。
血が滲むベッドの傍らで、影は獲物を見つめるように静かに立ち尽くした。
そして、微かに、しかし確かに言葉を紡いだ。

「任務はこれで完了だ……」
影の顔はフードで隠されていたが、その声には疲労の色が滲んでいた。
そして、もう一つ、誰に聞かせるでもなく、疑問を口にした。

「シリウスは一体何を考えている……?」
影は短剣を抜き取り、鮮血を拭うと、誰にも見つかることなく、漆黒の闇の中へと消えていった。
まるで最初からいなかったかのように。



ーー


早朝、いつものように女王に朝食を届けに訪れた侍女は、変わり果てた女王の姿を発見した。
城内は即座に大混乱に陥る。
「女王陛下、暗殺!」
この緊急事態を受け、即位したのは、先代女王が次代女王とするために引き取っていた、血縁のない一人の少女だった。
緊急で執り行われた即位式。
新しい若き女王は謁見台に立ち、城に集まる国民の前で涙ながらにスピーチを行った。

「愛する国民の皆様。偉大な母である先代女王は、卑劣な暗殺者の手に倒れました。
……わたくしたちは、この悲劇を決して許しません。
犯行声明には『シリウス』という名が記されていたと聞きます。
我が国を、平和な時代を奪おうとするシリウスを、わたくしは必ず捕らえ、母の無念を果たすことを誓います!」
少女の純粋な悲しみと、国を守ろうとする強い決意は、国民の心を深く捉えた。

「シリウスを捕まえろ!」「新女王陛下万歳!」
国民は団結し、国中が暗殺者シリウスの捜索に乗り出した。



ーー


群衆の熱狂的な歓声と拍手が響く中、新女王は退出し城内へと戻り自室へ向かう。
入り口には、年若い侍女が控えている。

「わたくしの初めてのスピーチはどうだったかしら?ルーナ」
女王は城内で控えていた、落ち着いた雰囲気のその侍女に、にこりと笑顔で話しかけた。
その笑顔は、つい先ほど国民に見せた悲嘆の表情とはかけ離れていた。
侍女ルーナは、女王の言葉に静かに答えた。

「初めてでもないでしょう、母さま、いえ、"女王様"」
「ふふ、そうね。何百と繰り返してきたのだもの、慣れたものだわ」
女王は満足げにうなずき、ルーナに目をやった。

「あなたが寝室に"置いておいた"犯行声明のおかげで、国内は大混乱ですよ」
ルーナは皮肉を込めて言った。
女王は、大げさに肩をすくめてみせる。

「まあこわい!すべてわたくしのせいみたいな言い方……あなたも共犯でしょう?ルーナ」
「正体不明の組織のボス、全ての罪の指示役、それとも”シリウス”と呼んだほうがいいかしら?」

ルーナは、心の中で静かに思った。
わたしという存在は殆どあなたと同一みたいなものだと。
彼女たちは、影武者、協力者、そしてこの国の女王を常に支える手足、端末として、長きにわたりこの役割を演じてきたのだ。

だが、そんなことはわざわざ口に出すまでもなかった。
ルーナが何を考えているのか悟ったのか、あるいは、その微妙な顔つきが面白かったのか、女王は堪えきれず、思わず笑い出した。

「ふふ、あとはあちらのルーナが全ての証拠を抹消してくれれば完了ね」
女王は大袈裟な動きで手のひらを胸の前で打ち合わせ、楽しげに笑う。

「わたくしの愛しい子どもたち、スノーホワイトとツバキにも、向かうように頼んだもの。何も心配いらないわ」
「今回の代替わりも、うまくいきそうですね」
ルーナが静かに告げる。

女王は、窓の外に広がる、自身が治める王都の景色を見つめながら、穏やかな口調で言った。

「この国を保つために必要なことよ。
国民には何も知らず、楽しく暮らして欲しいもの。それが、”あの子”の願いなのだから」
「さて。次の計画はどうなってるかしら?ルーナ」

「はい。向こうのルーナと連携をとっていますので……」
二人は次の計画についておしゃべりしながら、奥の部屋に入っていった。
扉が静かに閉められ、音は聞こえなくなる。
女王と侍女の密談は、誰に聞かれることもなく、重厚な廊下の闇の中に飲まれて消えていった。



next……

Luna-Queen